創刊記念『國華』130周年・朝日新聞140周年特別展|『名作誕生-つながる日本美術』

第1章 祈りをつなぐ

瀬谷さん

第1章 祈りをつなぐ

インタビュー

名作が名作を生む。
祈りがつないだ規範と革新

さまざまな約束事が多く、難しいと思われがちな仏教美術。
しかしそこには、守るべきもの、受け継がれるべき要素を厳しく
取捨選択しながら、 祈りの心を寄せ続けてきた営みがあります。
名作の背景にある人々の思いが、名作たる革新性をどのように育んだのか。 東京国立博物館の瀬谷愛さんに聞きました。
(聞き手・構成:田邉愛理)

匂い立つ美しさを間近で体験

日本美術史上に「名作」と讃えられる作品を数多く紹介し、それらを「つなげて見る」ことで、名作誕生のドラマに新たな光を当てる本展。 第1章「祈りをつなぐ」のテーマは、強い信仰心が生み出した仏教美術です。

瀬谷さん「平安時代の後期は仏の教えが終末的な状況を迎えているという意識があり、人々の思いは切実でした。 古代から中世へと祈り継がれてきたものを、私たちも今ここで、当時に思いを寄せて鑑賞することで、また次につなげていけるのではないかと考えています」

今回、瀬谷さんが選んだ「名作」のひとつが、東博が所蔵する国宝「普賢菩薩像」(№16)。『國華』223号(1908年)に平安時代の 「最大傑作」として紹介され、戦後に絵画の国宝第1号に指定された作品です。

国宝 普賢菩薩像 平安時代・
12世紀 東京国立博物館蔵
【展示期間:4月13日~5月6日】

瀬谷さん「初めて間近で見たときは、12世紀の作とは思えないほど絵の具の色合いが美しく残っていることに驚きました。 普賢菩薩の白い顔に、淡いピンクで影をつけているんですが、その加減がこう――匂い立つようなんです。血が通っているような、 柔らかい温かみを感じるように表現されていて。普賢菩薩の衣や、象の鞍を飾る截金も、場所によってみんな細さが違うんですよ」

今回は、新たに製作した展示ケースのおかげで、かなりの近さにまで寄ることができるそう。発願した人の思いがどう投影されているのか、 ぜひ細部までじっくり見てほしいと瀬谷さんは話します。

貴重な普賢菩薩が一堂に

国宝 普賢菩薩騎象像
平安時代・12世紀 東京国立博物館蔵
【展示期間:4月13日~5月6日】

この国宝「普賢菩薩像」と、東京・大倉集古館の彫刻作品、国宝「普賢菩薩騎象像」(№15)が同じ空間に展示されるのは、 本展の前半のハイライトのひとつ。

瀬谷さん「普賢菩薩は法華経を護持する者を守る仏さま。平安時代には法華堂といって、集中して法華経に基づく行をするためのお堂がたくさん造られました。 本尊はいつもそこに在ることが重要なので、彫刻の普賢菩薩像が安置されました。展示でもそれをイメージして、会場の真ん中に「普賢菩薩騎象像」に お出ましいただき、周囲を仏画の普賢菩薩が囲むように展示しています。

会場では、仏画の普賢菩薩はみんな左を向いて、彫刻のまわりをぐるぐる回っているみたいでしょう。仏画のお約束では、向かって右が東。 普賢菩薩は東の方にある浄妙国土から現れると経典にあるので、多くの仏画では右から来たように描かれるんです」

「合掌する普賢」はなぜ生まれた?

作品を見て気づくのは、どの普賢菩薩も象に乗り、胸の前で合掌する姿で描かれていること。普賢菩薩のお決まりのポーズですが、 最初からこの姿が定型だったわけではないと瀬谷さんは話します。

瀬谷さん「おおよそ仏教美術というものは、経典に記されたことから造形化されます。普賢菩薩の場合、白い体で白象に乗り…… というところまでは法華経にありますが、合掌というジェスチャーについては記載がない。なぜこの姿が広まったのかは、長らく謎でした」

紺紙金字法華経 開結共のうち 観普賢経
全10巻のうち1巻 平安時代・12世紀 滋賀・百済寺蔵
【展示期間:4月13日~5月6日】

重要文化財 紺紙金地観普賢経 平安時代・承安2年(1172) 福岡・善導寺蔵 【展示期間:5月8日~5月27日】

瀬谷さんによると、普賢菩薩の姿には大きく分けて2つの流れがあります。ひとつは中国の敦煌壁画にあるような、蓮華の茎を持つ姿。 日本に現存する最古の作例、7世紀末から8世紀初頭に描かれた法隆寺の金堂壁画の普賢菩薩も蓮華を持つ姿です。 その後に誕生した合掌する普賢は、一体いつから、そしてなぜ、これほどまでに広がったのか――。

瀬谷さん「近年の研究でわかってきたのですが、ターニングポイントは9世紀。最澄の弟子の円仁という僧侶が唐から持ち帰った図像のなかに、 合掌する普賢菩薩の線描画があったようです。それが写すべき規範として受け入れられた。10世紀半ばには、天皇家と藤原摂関家を中心に 法華経信仰が広がり、合掌する普賢が多く表されるようになりました」

残念ながら円仁が持ち帰った原本は失われていますが、百済寺や善導寺の紺紙金字法華経の見返絵(№11、№12)から、 その姿を推測することができます。金一色で描かれた合掌普賢は、それだけでも見事な美しさ。ここからどう彩色を施し、 現実感のある彫刻へと発展させたのか、想像するだけでも楽しくなりますね。

鬼女にシンパシーを感じた平安女性

法華経信仰がブームとなった12世紀、普賢菩薩像にさらなる変化が。普賢のまわりを、美しい女性たちが取り巻くようになったのです。

瀬谷さん「この女性たちは、普賢に従う十羅刹女と呼ばれる鬼神です。最初の頃は廬山寺に伝わる作品(№20)のように、中国風の衣装で描かれていた。 それが奈良国立博物館の「普賢十羅刹女像」(№22)のように、日本の宮中の女性の姿、華やかな十二単で描かれるという現象が起きてきます」

インド神話の羅刹女は、孤島に住み、漂着する男を夫としては食い殺す恐ろしい存在。 普賢を慕い法華経の守護者となりますが、それが十二単姿で描かれるようになったのは、宮中の女性たちが関与したと考えられています。

重要文化財 普賢十羅刹女像 平安時代・12世紀 京都・廬山寺蔵
【展示期間:4月13日~5月6日】

重要文化財 普賢十羅刹女像
鎌倉時代・13世紀 奈良国立博物館蔵
【展示期間:5月8日~27日】
(撮影:森村欣司)

瀬谷さん「平安時代の貴族の記録を読むと、追善のために普賢菩薩像を描かせたという女性たちがたくさん出てきます。 女性は不浄だから往生できないとする仏教の教えのなかで、男性に生まれ変われば往生できると、救済の道を記したのが法華経。 女性たちは熱心に法華経を信仰しましたし、和装の十羅刹女が生まれた背景には、彼女たちの強い思いがあったはず。十羅刹女は、 そのままでは成仏しないような存在でもあったわけですから……。 そうした心の動きというのは、現代の私たちから見ても共感できるものに思えます」

普賢菩薩と十羅刹女を共に描くというのは、中国には類例がなく、日本で造作された可能性が高いそう。皇后や女御に仕える女房たちが、 普賢菩薩に仕える十羅刹女にシンパシーを感じ、自らを投影していく――そんな日本独自の解釈があったのかもしれません。

やがて十羅刹女は、普賢菩薩の従者としてだけでなく、単独でも描かれるようになりました。かの国宝「平家納経」のうち「観普賢経」(№13) の見返絵にも、たおやかな姿に似合わぬ剣を持った羅刹女の姿があります。

瀬谷さん「装飾経のひとつの到達点として知られる「平家納経」は、法華経を写したものです。和装の羅刹女が12世紀半ばに遡り、 しかもかなり発展した表現にまで来ていることがよくわかります。今回の出品は大変ありがたく、意義のあることだと思います」

法隆寺絵殿の空間を疑似体験

続くテーマ3「祖師に祈る」では、日本に仏教を定着させたとされる聖徳太子をピックアップ。国宝「聖徳太子絵伝」(№23)を中心に、 太子がどのような存在として描き継がれてきたのかを、ひとつの流れとしてたどります。

国宝「聖徳太子絵伝」の展示では、かつて法隆寺の絵殿の障子絵として鑑賞されていたときの状況を再現し、一列ではなくコの字型の配置に。

「聖徳太子の人生のできごとが起こる場所の方角が、お堂での方角と同じになるように描かれている。」 「聖徳太子の人生のできごとが起こる場所の方角が、お堂での方角と同じになるように描かれている。」

聖徳太子絵伝 7幅のうち第6幅
南北朝時代・14世紀 大阪・
叡福寺蔵 【通期展示】

瀬谷さん「この作品は、聖徳太子の人生のできごとが起こる場所の方角が、ちょうどお堂での方角と同じになるように描かれているんです。 つまり、法隆寺から北の方角で起きた出来事は、北に当たる正面の襖に。法隆寺から西、たとえば難波や河内で起きた出来事は、 西に当たる向かって左側の襖に描かれています。その配置を復元することで、かつての空間を疑似体験できるようにしました」

方角は、絵のなかの聖徳太子の世界に、現実の世界をシンクロさせるための装置。より臨場感を持って聖徳太子の存在を感じるために、 バーチャルリアリティのような仕掛けを作ったわけです。方角ではなく「季節」にその役目を担わせて、太子の事跡を春夏秋冬で振り分けた、 叡福寺の「聖徳太子絵伝」(№26)のような作例もあります。

こうした工夫のいっぽうで、それぞれの作品から同じ場面を抜き出して見ると、その表現は非常によく似ています。 たとえば太子が愛馬・黒駒に乗り、富士山を飛び越えたというエピソード。平安時代から江戸時代へ、インパクトのあるシーンが 同じ型で受け継がれていく様子が一目瞭然です。

瀬谷さん「江戸時代の狩野山楽が描いた板絵(№27)では、やはり江戸時代風の描写になっているあたりも面白い。 『つながり』を保ちつつ、その時代の雰囲気が反映されたり、富士山の描き方が変わったりと、少しずつ変化していくところを見ていただきたいですね」

テーマから通史へ。日本美術をまるごと楽しむ

「名作誕生」展ワーキングループのチーフでもある瀬谷さん。自分の担当だけでなく、展示構成にも思い入れがあると語ります。

瀬谷さん「今回の構成は、最初に仏教美術、次に作家、その次に工芸と古典文学。最後はモチーフとイメージに注目するという順番なんですが、 じつは時代の流れにも沿うようになっています。奈良時代の仏像、平安時代の仏画、平安~鎌倉時代の説話画、室町時代の雪舟、近世の宗達・若冲。 そこでまた、古代と近世をつなぐものとしての古典文学と工芸の世界を挟んで、中世から近世にかけての様々の絵画、そして近代洋画で 締めるというように……。12のテーマに沿って鑑賞しているようでいて、日本美術の通史の流れも押さえられる。そんな構成を目指しました」

「ご覧になった方のなかに芽生えた感情があってはじめて完成するもの」 「ご覧になった方のなかに芽生えた感情があってはじめて完成するもの」

ぜひ12のテーマからお気に入りを探してほしい、本当はWEB投票したいくらい――と瀬谷さん。「どんな『つながり』が印象に残るのかは、 きっと人それぞれ。展覧会は私たちが提示して終わりではなく、ご覧になった方のなかに芽生えた感情があってはじめて 完成するものだと思うので」と、笑顔で抱負を聞かせてくれました。

プロフィール 瀬谷 愛さん 東京国立博物館 学芸研究部保存修復課保存修復室 主任研究員
専門分野は日本絵画。本展のワーキンググループチーフ。