創刊記念『國華』130周年・朝日新聞140周年特別展|『名作誕生-つながる日本美術』

第1章 祈りをつなぐ

瀬谷さん

第1章 祈りをつなぐ

インタビュー

48歳で開花。
雪舟を画聖に変えた「中国」とのつながり

第2章「巨匠のつながり」で島尾新さんが担当したのは、
古来「画聖」として名高い雪舟等楊(1420ー1506?)。
雪舟とは「長い付き合い」という島尾さんですが、
「画聖・雪舟」のイメージはちょっと違う……と感じているのだそう。
雪舟を特徴づける中国への留学体験を軸に、その作品を新たな視点から読み解きました。
(聞き手・構成:田邉愛理)

中国への旅が雪舟を変えた

今回、つながりを語るテーマを「雪舟と中国」(本展のテーマ4)とした島尾さん。あまりぱっとしなかった雪舟が変わったのは、数えで48、 知命を前にしての中国への旅がきっかけでした。

島尾さん「このころ雪舟は山口の殿様・大内氏に仕え、その意向にそって動いていました。中国はもちろん日本各地を旅したのも、 画聖が水墨画を極めんと漂泊したというよりは“公務出張”。そう捉えたほうが、彼の絵と行動は説明しやすいと思うんです」

雪舟が中国に行くことができたのも、大内氏によって遣明使のメンバーに選ばれたから。 雪舟ほどこのチャンスを生かした画家はいないと島尾さんは話します。

島尾さん「中国に留学した日本人画家って、実はとても珍しいんです。しかも室町時代に日本で好まれていたのは、200年くらい前の元や南宋時代の絵画。 同時代の明の絵には、あまり興味がなかったんですね。

ところが雪舟は実際に中国に渡り、積極的に明の画風を取り入れるなど、 極めて自覚的に様々なことを吸収してきた。今回は4つのポイントから、雪舟と中国のつながりを考えてみたいと思っています」

風景のイリュージョニスト・雪舟誕生

最初のテーマ4①「風景をつなぐ」では、雪舟が中国で身につけた“スゴ技”に注目。 その成果が示されているのが「唐土勝景図巻」(№29)です。

島尾さん「これは雪舟画のとても出来のいい写しと考えられますが、旅の途中で見たものをくわしく描いていたことがわかる。 でも遣明使の旅は忙しいし、観光程度の訪問ではこんなに細かく描写できません。 絵図などからの情報も組み合わせて、リアルな風景に組み上げているんです」

「まさしく風景のイリュージョン。」 「まさしく風景のイリュージョン。」

国宝 雪舟等楊筆 天橋立図 室町時代・15世紀 京都国立博物館蔵 【展示期間:5月8日~27日】

遣明使としての雪舟の第一の役割は、いわば随行カメラマン。中国の都市や風俗などを写してくることが仕事であり、 雇い主の大内氏に報告するために、実にていねいに作業している様子が伝わってきます。

島尾さんによると国宝「天橋立図」(№28)にも、この“見てきたように描く”技が生かされているとのこと。 いかにも上空から見たような風景は、ヘリコプターで高度800mから撮影した写真とそっくりです。

島尾さん「もちろんそんなことは不可能ですから、地上でのスケッチをもとにして作っているわけですね。本当に上空からだと、 この絵のように寺社の細部は見えなくなりますが、雪舟はそういう細かいところもうまく描き込んでいる。さまざまな視覚を組み合わせて、 もっともわかりやすい視点を生み出したと考えられます」

まさしく風景のイリュージョン。絵図のようでもあり、水墨山水画としても魅力的という「天橋立図」の斬新な視覚は、 中国で学んだ技術から生まれたものだったのです。

「玉澗様」に雪舟の成長をみる

国宝 雪舟等楊筆 破墨山水図
室町時代・明応4年(1495) 東京国立博物館蔵
【展示期間:4月13日~5月6日】

次のテーマ4②「玉澗をつなぐ」では、中国の南宋時代の画家、玉澗とのつながりをピックアップ。室町時代より200年ほど前に、 天台宗の画僧として活躍した玉澗は、日本では特に人気がありました。たっぷりと墨を含ませた筆で大胆に描く作風は、通称「玉澗様(玉澗風)」。 日本の画家は「玉澗様でひとつ」といった注文を受け、それをこなすことが求められたといいます。

島尾さん「雪舟も若い頃から繰り返し、この画風の山水図を描いています。でも30代の後半頃に描かれた作品は、 黒々としてパワフルなところは雪舟らしいけれど、力強すぎというか……雰囲気に欠けるんですよね」

それが74歳のときに描いた国宝「破墨山水図」(№32)になると、ムードは一変。若い頃になかった柔らかさと瑞々しさがあり、 余白の表す霞や光の感覚が見事です。

島尾さん「特定の場所を描いたわけではないのですが、玉澗がいた西湖はこういうモヤモヤとした、霧に包まれたようなイメージの場所なんですね。 南宋の都であり、仏教の聖地であり、蘇東坡や白楽天に詠まれた文雅の地でもある。雪舟は、そんな憧れの場所に実際に行っているので、 彼の玉澗様はリアリティを持つわけです。玉澗を追体験した画家として、ますます人気が出たのも頷けます」

本場の画風が目覚めさせたダイナミックな資質

続くテーマ4③「本場の水墨をつなぐ」では、雪舟が学んだ明時代の絵画を取り上げます。雪舟が描いた「四季山水図」(№41)のうちの二幅は、 明時代の「四季山水図」(№47)とそっくり。雪舟の春景は、明画の前景を右へずらして、楼閣の位置を変えたもの。秋景では前景を反転しているため、 山が右へ少し動いています。

「できるだけ中国風に仕立て上げています」 「できるだけ中国風に仕立て上げています」

島尾さん「この絵(No.47)のような、ちょっと重くて暗い明の画風は、京都ではあまり人気がなかったのですが、雪舟は熱心に取り入れました。 №42の『四季山水図』は、雪舟が中国で描いたものです。中国の人にアピールするために、できるだけ中国風に仕立て上げています」

孫君沢や戴進といった画家と比較すると、雪舟と元・明の絵をつなぐ「画風のネットワーク」が見えてくると島尾さん。 戴進の樹木や岩の描き方は、山口・毛利博物館所蔵の国宝「山水長巻」など、のちの雪舟の大作に通じるところもあります。 日本とは大きく違う本場の画風を見たことが、ダイナミックで迫力のある、雪舟本来の資質を目覚めさせたのです。

傑作「四季花鳥図屛風」がつないだもの

最後のテーマ4④「『和』『漢』をつなぐ」では、雪舟の傑作「四季花鳥図屛風」(№48)をめぐるつながりを紐解きます。 この絵が明の画風を取り入れていることはすでに指摘されているので、すこし別の視点から見ていきたいと島尾さん。

島尾さん「手前から奥へ奥へと、さまざまなモチーフが重なり合っている。この入り組み方、複雑さを見てほしいですね。 それから、鳥はわりと写実的に描いているんですけど、これ……このアゴをきゅっと引いた鶴とか、なんだか変でしょう(笑)。 このふしぎな感じが、明の花鳥画にもあるんです」

明時代の画家・呂紀の「四季花鳥図」(№50)や殷宏の「花鳥図」(№51)は、 雪舟画よりやや後の時代のものですが、雪舟が参照したものをわかりやすく示してくれます。花鳥画といいながら、 背景の山水の描写がとにかく細かい。入り組んだ構成もよく似ていると島尾さんは指摘します。

「きっと新しい雪舟像が浮かび上がってくるはずです。」 「きっと新しい雪舟像が浮かび上がってくるはずです。」

重要文化財 雪舟等楊筆 四季花鳥図屛風 室町時代・15世紀 京都国立博物館蔵 【展示期間:4月13日~5月6日】

島尾さん「こうなるとすこし、日本人の好みにはややこしすぎるんです。これをきれいに整理したのが、 狩野元信(1477?ー1559)の『四季花鳥図』(№49)。太い松の木が滝の前を横切る感じなど、呂紀と通じるところがあると思います。 でも断然ややこしさが減って、スッキリくっきりしている。明風を日本人好みに変えたのが、狩野元信という画家だったといえます」

会場では中央に呂紀を置き、雪舟と元信を両側に配して、「つながり」がわかるように一列に並べました。全体を見渡せば、 雪舟が明の画風から元信への間、「漢」から「和」への間をとりもったことが見えてくる――。迫力満点の展示から、 きっと新しい雪舟像が浮かび上がってくるはずです。

84年ぶりに発見された真筆も登場

今回の展示には、昨年84年ぶりに再発見された雪舟の真筆「倣夏珪山水図」も登場。東京では初の一般公開となるこの作品を、 楽しみにしている人も多いことでしょう。

「やってやろうという雰囲気が伝わってくるのが、私は好きですね」 「やってやろうという雰囲気が伝わってくるのが、私は好きですね」

雪舟等楊筆 倣夏珪山水図 室町時代・15世紀
山口県立美術館寄託 【展示期間:5月8日~27日】

この作品を明治学院大教授の山下裕二さんとともに鑑定した島尾さんは、「玉澗と同様、夏珪も日本で崇められた画家のひとり。 画院画家といって皇帝のために絵を描いていた人なので、足利将軍家の中国絵画コレクションではとくに重んじられていました。 雪舟にとっても重要な画家で、代表作である『山水長巻』と『秋冬山水図』は、どちらも夏珪風なんです。再発見の山水図は、 そこへ至る道程を示す、とても重要な作品といえると思います」と見どころをコメントしてくれました。

ご自身の担当外では、展覧会の冒頭を飾る一木造の木彫群を楽しみにしているそう。「唐招提寺の『伝藥師如来立象』(No.1)は、 鑑真がもたらした新しいスタイルといわれます。あの一木の迫力は、なかなか言葉にしづらい。これに感応した仏師たちが、 それぞれに聖なるイメージを彫り出してゆく。その「やってやろう」という雰囲気が伝わってくるのが、私は好きですね」と、 お気に入りの彫刻群との再会が待ちきれない様子でした。

プロフィール 島尾 新さん 『國華』編輯委員
独立行政法人東京文化財研究所美術部広領域研究室長、多摩美術大学教授を経て、現在、学習院大学教授。
主な研究分野は日本中世絵画史。