創刊記念『國華』130周年・朝日新聞140周年特別展|『名作誕生-つながる日本美術』

第1章 祈りをつなぐ

瀬谷さん

第1章 祈りをつなぐ

インタビュー

写すことはひとつの創造。
伊藤若冲の模写と自己模倣

伊藤若冲こそ、過去の日本でもっとも魅力的な画家だ――
そう語るのは、長年にわたり若冲を研究してきた
東京大学教授の佐藤康宏さん。 若冲は何と、あるいは誰と、
どのようにつながって名作を生んだのか。
極めて個性的な彼の作品を読み解くために、佐藤さんが選んだキーワードは「模倣」でした。
(聞き手・構成:田邉愛理)

若冲の模写は面白い

佐藤康宏さんが伊藤若冲(1716-1800)をテーマに卒論を書き、大学院に進学したのは1978年のこと。近年の若冲ブームは喜ばしいこととしながらも、 彼を孤立した異端の画家とする見方には疑問を呈してきました。

佐藤さん「若冲という人は、ある天才がなにかを創造したというよりも、すでにできあがっている形を模倣して、 そこから独特の形を作り出すような画家なんですね。古今、絵描きは必ず模写をしますが、大抵は単なる模写で終わります。でも若冲の場合は、 模写した時点で何かが変わる。すでに面白さを持っているんです」

画業の初期に中国の「宋元画」を学び、1千点を模写したと伝えられる若冲。残念ながら何を模写したのかはあまり詳らかになっていませんが、 テーマ6「若冲と模倣①鶴の変容」では相関関係が認められる貴重な作例を用いて、若冲の模写の実態を解き明かしていきます。

ふたりの模写をくらべてみると…

重要文化財 文正筆 鳴鶴図
(右幅)中国・元~明時代・14世紀
京都・相国寺蔵 【通期展示】

狩野探幽筆 波濤飛鶴図
江戸時代・承応3年(1654)
京都国立博物館蔵【通期展示】

陳伯冲筆 松上双鶴図(日下高声)
中国・明時代・16世紀 京都・大雲院蔵
【通期展示】

「細部の描写に集中しすぎているのです」 「細部の描写に集中しすぎているのです」

花鳥画の名手として知られた明時代の画家、文正。相国寺に伝わる「鳴鶴図」(№60)は、多くの絵師が模写した名作でした。 江戸時代絵画の基調を作った重要な画家、狩野探幽(1602ー1674)もそのひとりです。

まず目に止まるのは、胡粉(貝殻などを原料にして作る白い絵の具)で描いた鶴の白い羽の美しさ。探幽の「波濤飛鶴図」(№62)は 文正の自然なタッチを忠実に再現していますが、若冲画には明らかな違いがあります。

佐藤さん「一見して文正や探幽より、透き通っているような感じが強い。胡粉の塗り方にムラがあり、塗る量も少ないんです。 結果的に線描ばかりが目について、鶴の体の一体感が薄くなり、レース編みのような印象を与えます。 細部の描写に集中しすぎているのです」

白い羽だけでなく、黒い腰羽にも同じ傾向が。文正と探幽は、墨の面と線で羽の動きや重なりを生々しく描写しています。 いっぽう若冲は、羽が重なり合う部分の隙間を塗り残すのに妙にこだわる、という具合。

佐藤さん「若冲は、文正のタッチの痕跡を、決まった輪郭を持つ形として認識して、それを再現しようとしています。 模写に伴って起こりやすい、形の強調に陥ってしまっているわけです。それは写し崩れなんですが、 若冲の場合は、かえって形そのものの抽象的な面白さが際立つ表現に転じています」

模倣が育てた若冲スタイル

形態が自然らしさを失い、硬質で抽象的な表現に変わるという若冲の模写の傾向は、鶴だけでなく背景にも明らかです。

佐藤さん「右幅の渦巻き型の波は、もはや形の遊戯に変わっている。左幅の背景の崖は完全に描き変え、明の画家・陳伯冲の 『松上双鶴図(日下高声)』(№61)から借りてきています。もともと文正の絵の崖は、蘇東坡の文章『赤壁賦』の赤壁を描いたものでした。 しかし若冲は、文正画が持つ文学性や、薄暗く微妙な光を伴った空間を捨てた。陳伯冲などほかの絵のモチーフまで引用して、 明快な形態を持つ自然が作る確かな実感、形の組み合わせの面白さ、そこに関心を集中させています」

模写に伴う若冲の操作は、畢生の大作「動植綵絵」にも結びついていく重要な手法だと佐藤さんは指摘します。

モードの統一が生み出す新境地

テーマ6「若冲と模倣②若冲の鶏」では、若冲が生涯描き続けた鶏をクローズアップ。自宅の庭に数十羽の鶏を飼い、 日々観察し写生したという逸話は有名ですが、鶏をどう扱うかは時期や素材によって違いがあるのだそう。

佐藤さん「初期の着色画、たとえば『雪梅雄鶏図』(№64)のような絵では、エサを探すようなおとなしいポーズで描かれることが多い。 それが『動植綵絵』では、役者が見得を切るような激しくアクロバティックなポーズに変わります。

「全盛期の金碧障壁画にも負けない迫力を生み出しているところが痛快だ」 「全盛期の金碧障壁画にも負けない迫力を生み出しているところが痛快だ」

重要文化財 伊藤若冲筆 仙人掌群鶏図襖 江戸時代・18世紀 大阪・西福寺蔵 【通期展示】

そして『動植綵絵』と並行して描き始めた水墨画では、鶏の体はデフォルメされ、長く伸びて揺れる尾羽が印象的です。 たくさん描いた水墨画で熟達した描写は、やがて着色画にも干渉するようになりました。大阪・西福寺の『仙人掌群鶏図襖』(№65)は、 その代表作です」

金地に濃い彩色で描かれたサボテンと、奇妙な形の岩、雄・雌・雛の鶏ファミリー。襖の右端には、 初期に描いたエサを探すポーズの雄鶏が再登場しています。鶏の姿は、水墨画の「鶏図押絵貼屛風」(№66)の ようなデフォルメバージョンです。

伊藤若冲筆 鶏図押絵貼屛風(右隻)
江戸時代・18世紀 京都・細見美術館蔵
【展示期間:右隻4月13日~5月6日、左隻5月8日~27日】

「鶏の表情にも注目してください。まるで雄と雌が夫婦げんかをしているようで、『動植綵絵』にはないユーモアがある。 こういう表情も、じつは水墨画の鶏からきているんです。羽の描写は筆勢があらわで、水墨画風の荒いタッチをみせるものも。 水墨画のモードを着色画に変換することで、ふしぎな活気を生み出しています」

桃山~江戸時代の金碧障壁画ならあり得なかった、サボテンと鶏というモチーフの組み合わせも斬新。水墨画で描きなれた鶏を、 濃彩の細密描写と融合することで、全盛期の金碧障壁画にも負けない迫力を生み出しているところが痛快だと佐藤さん。 代表作「仙人掌群鶏図襖」の新境地は、若冲が自己模倣によって完成させたものだったのです。

「影響」で納得するのはもったいない

「つながる日本美術」という本展のテーマの発案者として、展覧会全体の構成も手がけた佐藤さん。美術を語るとき、 私たちはつい「影響」という言葉を使いがちですが、そこで思考停止してしまうのはもったいないと話します。

佐藤さん「AからBへという単純な影響関係で納得するのではなく、BはAに対して何をしたのかを考えてみてほしい。 そのありようは複雑で、ひとつひとつ全部違うと言ってもいいくらい、バリエーションがあると思うんですね」

「魅力的かつ多様な切り口にきっと絵を見る楽しさを満喫できるはず。」 「魅力的かつ多様な切り口にきっと絵を見る楽しさを満喫できるはず。」

展覧会ではテーマ9「山水をつなぐ」、テーマ11「人物をつなぐ」、テーマ12「古今をつなぐ」の一部も佐藤さんが担当。 狩野山雪や曾我蕭白が、雪舟の名作「富士三保清見寺図」(№91)にどう挑んだのか。岩佐又兵衛の「梓弓図」(№114)と、 「紫式部日記絵巻」(№113 日野原家本 第3段)の相似が示す不穏なきざしとは。浮世絵の名作やグロテスクな伝顔輝の 「寒山拾得図」(№129)を踏まえて、岸田劉生が表現しようとしたものは何なのか……。 魅力的かつ多様な切り口に、きっと絵を見る楽しさを満喫できるはず。

佐藤さん「明治以降となるとまたいくつも展覧会が必要になりますから、今回は岸田劉生ひとりに近代を代表してもらいました。 麗子像の不可思議な魅力は、顔輝が持つ味をなんとか絵のなかに取り込みたいという想いから生まれたもの。 娘の麗子ちゃんにはかわいそうですけれどね(笑)。顔輝は日本の画家がグロテスクな人物を描くときに繰り返し参考にした画家ですが、 近代になってから彼を取り上げた劉生はやはりチャレンジャーであり、ひとつの成功に達していると思います」

時代を彩る名作は、ときとして後の作り手を挑発する――と佐藤さん。その挑発に、作り手がどう応じたか。「A→B」の一方向ではなく、 2点を自在に行き来する視点を持てば、展覧会がもっとスリリングになりそうです。

人物の“形のリレー”に注目

ご自身の担当以外では、№118「洛中洛外図屛風(舟木本)」から№121「風俗図屛風(彦根屛風)」に 至る近世初期風俗画の展示も注目していると佐藤さん。「『洛中洛外図屛風』の人物を大きくしたら『湯女図』(№120)になり、 そこから『見返り美人図』(№124)が生まれる。人物の形のリレーは見逃せない」と、鑑賞のアドバイスをいただきました。

プロフィール 佐藤 康宏さん 『國華』編輯委員
東京国立博物館資料課、文化庁美術工芸課勤務を経て、現在、東京大学教授。
主な研究分野は、 室町時代末から江戸時代初めにかけての風俗画、また南画や伊藤若冲・曾我蕭白などの画家を中心にした江戸時代の絵画。