創刊記念『國華』130周年・朝日新聞140周年特別展|『名作誕生-つながる日本美術』

第1章 祈りをつなぐ

瀬谷さん

第1章 祈りをつなぐ

インタビュー

雅な常識クイズに挑戦。
抽象化が育む豊かなイメージ

出世と教養が不可分だった貴族にとって、文学は“生活の糧”。
名場面はまるでクイズのように、
ゆかりのあるモチーフの組み合わせで表されました。
具象から抽象へ、抽象から記号へ。古典文学につながるイメージの諸相を、 小松大秀さんとともにたどります。
(聞き手・構成:田邉愛理)

文学の“ヴィジュアル化”がもたらすもの

人気小説や漫画ほど、次々に実写化されていく――そんな“ヴィジュアル化”への欲求は、今も昔も同じこと。 平安時代に大ヒットした『伊勢物語』や『源氏物語』は、早くから絵画や工芸に表され、名場面を象徴するモチーフがデザイン化されてきました。

第3章「古典文学につながる」を担当したのは、日本の漆芸のエキスパートである小松さん。「古典文学の名作がどのように生まれ変わり、 つながっていったのか。まずは絵になり、それがだんだん工芸にくるというのが筋道だと思うので、 展示や図録もできるだけ絵が先になるように構成しています。もうひとつのポイントは、具象から抽象へ、抽象から記号へという流れがあること。 今回はそこがわかりやすいように作品を選んでみました」と話します。

最初に取り上げたのは『伊勢物語』。歌人でありプレイボーイとして名高い在原業平の歌を中心に、数々の和歌が散りばめられた歌物語です。

国宝 尾形光琳作 八橋蒔絵螺鈿硯箱
江戸時代・18世紀 東京国立博物館蔵
【展示期間:4月13日~5月6日】

小松さん「『伊勢物語』は全体で120ほどの文章を集めて構成されていますが、特に有名なのが『業平東下り』と通称される第9段。 燕子花(かきつばた)が咲き乱れる沢に橋があれば『八橋』、蔦と楓に彩られた山道なら 『宇津山』というふうに、共通の認識が成り立っていたんです」

「伊勢物語図屛風」(№67)や「伊勢物語 八橋図」(№68)は、代表的なイメージのひとつ。都落ちした業平が八橋の沢のほとりで 友人たちと食事をとりながら、妻を思い寂しく歌を詠む。その涙で、乾し飯までほとびてしまった……という場面です。

小松さん「これがどんどん省略されていくんです。燕子花と木の橋、あるいは燕子花だけで『八橋』であることを表現する。 『八橋蒔絵螺鈿硯箱』(№72)もそう。人物を描かず、物語を想記させるモチーフだけを描いているでしょう。これを『留守文様』といいます」

尾形光琳作のこの硯箱では、アワビ貝で作った燕子花にも注目してほしいと小松さん。

小松さん「貝の縁をわざと切らずにタガネのようなもので打ちかいて、ひらひらした花びらの感じを表現しているんです。 ふつうの職人はきれいに作りたいから、こういう非常識なことはやりたがらない。光琳が指示したと思われる、他にはないデザインです」

共通認識がイメージを育てる

重要文化財 深江芦舟 蔦細道図屛風 江戸時代・18世紀
東京国立博物館蔵 【展示期間:5月8日~27日】

いっぽう『伊勢物語』の「宇津山」は、業平が駿河国宇津山に到着し、蔦や楓が茂る細道で、知り合いの修験者に出会う場面。 京へ行くという修験者に、業平は歌を託します。

小松さん「『伊勢物語図屛風』(№67)には修験者がしっかり描かれているけれど、『蔦細道図屛風』(№74)では、 山の陰にかろうじて笈(携帯用の祭壇)を背負った後ろ姿が見えるだけ。『蔦細道図屛風』(№73)ではさらに抽象化されて、 大胆にデフォルメした地面と蔦だけになっています。大変有名な場面だから、どんなに抽象化されても“蔦細道”だとわかる。 これは詞書きがあるから簡単だけど、当時としてはなくてもわからないとダメなんです」

「写実性も念頭になく、イメージだけで勝負する。」 「写実性も念頭になく、イメージだけで勝負する。」

小松さんいわく公家にとって文学は、証券マンにとっての株価と同じように、趣味ではなく“生活の糧”。『伊勢物語』や『源氏物語』、 有名な和歌はきっちり頭に入っているから、モチーフの組み合わせだけでピンと来る。絵画も工芸もそれを前提としているので、 斬新な抽象化にも臆することはありません。

小松さん「『蔦細道図屛風』(№73)は俵屋宗達の筆と伝えられるもの。宗達、光悦、光琳あたりは、 みな古典文学をテーマにしていますが、それまでの扱いとは明らかに違ってきています。背景だとか細かい要素は排除して、 お約束の場面、アイテムだけ。これなんて山道と蔦だけで、紅葉すらありません。写実性も念頭になく、イメージだけで勝負する。 そのあたりは、宗達、光悦、光琳へとつながるアートの真骨頂だと思います」

重要文化財 伝俵屋宗達筆・烏丸光広賛 蔦細道図屛風 江戸時代・17世紀 京都・相国寺蔵 【展示期間:5月8日~27日】

まるでクイズ。知的に遊ぶ貴族たち

わかりにくいほど面白い。そんな遊び心を感じさせるモチーフの省略は、どこか謎めいた魅力も醸しだします。「蔦細道蒔絵文台硯箱」(№75)は、 ぽつんと置かれた修験者の笈が意味深。では、笈の上にある飴の包み紙のようなものは何でしょう?――そう、業平が修験者に託した、 和歌をしたためた手紙です。

まるで謎解き絵のような表現が好まれていく様子は、王朝文学の傑作『源氏物語』を題材にした作品でも見ることができます。

小松さん「『源氏物語手鑑 夕顔図』(№77)には人がたくさんいますが、じつは光源氏も夕顔もここにはいなくて、従者と侍女だけ。 あえて主役の美男美女を描かずに、これから始まるアバンチュールへの期待を高めているわけです。

重要文化財 源氏
夕顔蒔絵手箱 室町時代・15世紀
京都・相国寺蔵 【通期展示】

これが工芸になると、もう牛車だけになっていく。牛車と夕顔の垣根を対角線上に配した『夕顔蒔絵手箱』(№80)なんて、大変ミステリアスな画面です。 牛車にはきっと源氏が乗っているんだろうけれど、どんな美男子だろうと想像がふくらみますよね」

工芸ほど「抽象化」が進む理由

「源氏物語」からはもう一場面、「初音」の帖も紹介されています。華やかな六条院の邸宅で迎えた元日。源氏が明石の姫君を訪れると、 そこに姫君の母親である明石の上から、菓子を入れた髭籠(ひげこ)や、松飾りにウグイスの作りものをつけた贈り物が届きます。 髭籠は、今でいう贈り物のパッケージのようなものです。

小松さん「『根引きの松』と呼ばれる根がついたままの松飾り、ウグイス、髭籠は、『初音』のお約束3点セット。 『源氏物語図屛風』(№82)や『源氏物語 初音図』(№83)といった絵画には物語の場面がそのまま描かれていますが、 工芸では背景もなしに、3点セットがそのまま出てきます」

重要文化財 初音蒔絵火取母
室町時代・15世紀 神奈川・東慶寺蔵
【通期展示】

国宝 幸阿弥長重 作
初音蒔絵櫛箱(千代姫婚礼調度のうち)
江戸時代・17世紀 愛知・徳川美術館蔵
【展示期間:5月8日~27日】

「なるべく具体的じゃないほうが、使う人のイメージが ふくらむ。それで留守文様が 好まれるのだと思います」 「なるべく具体的じゃないほうが、使う人のイメージが ふくらむ。それで留守文様が 好まれるのだと思います」

重要文化財 初音蒔絵火取母
室町時代・15世紀 神奈川・東慶寺蔵
【通期展示】

国宝 幸阿弥長重 作
初音蒔絵櫛箱(千代姫婚礼調度のうち)
江戸時代・17世紀 愛知・徳川美術館蔵
【展示期間:5月8日~27日】

「初音蒔絵源氏箪笥」(№87)には、まるで静物画のように整然と並ぶ3点セットが。「子日蒔絵棚」(№86)の天板に描かれているのは、 根引きの松だけです。

そして「初音蒔絵火取母」(№84)と「初音蒔絵硯箱(千代姫婚礼調度のうち)」(№85-1)では、抽象を超えて記号へと展開。 「初音」を象徴する和歌「年月を松にひかれて経る人に今日鴬の初音聞かせよ」の一部が、「葦手(あしで)」と 呼ばれる隠し文字として散りばめられました。

絵画よりも工芸のほうが抽象化が進みやすいのは、使われるシーンによるところが大きいと小松さん。

小松さん「結局工芸品は、室内において日常的に見るものなので、人物が描いてあると飽きるといわれています。小説が映画になるときも、 イメージと違うとガッカリするでしょう。なるべく具体的じゃないほうが、使う人のイメージがふくらむ。 それで留守文様が好まれるのだと思います」

それは、第4章「つながるモチーフ/イメージ」のテーマ9「山水をつなぐ」で取り上げた吉野山でも同じ。丸くなだらかな山容を描き、 満開の桜を配すれば、それでもう「吉野山」。豊臣秀吉の花見の舞台としても知られる場所ですが、 宴席の光景まで描いたものはむしろ少数派なのだそう。大画面いっぱいに、ただただ山と桜を描く「吉野山図屛風」(№95)のように、 実景を超えた華麗なイメージが人々の想いをつないでいったのです。

絵画と工芸の違いを楽しむ

会場では、絵に描かれた吉野山と、工芸になった吉野山というように、絵と工芸で表現がどう変わっていくのかを見てほしいと小松さん。

「絵と工芸で表現がどう変わっていくのかを見てほしい」 「絵と工芸で表現がどう変わっていくのかを見てほしい」

小松さん「絵と同じように工芸品を作るのは、ものすごく大変なことですから。『源氏物語』の「初音」でも、お軸ではサラッと描いているけれど、 工芸品になるとここまでしつこくなるのか……みたいな(笑)。そういったところに注目すると面白いと思いますね。

展示替えがあり、前期は『八橋』、後期は『蔦細道』とテーマごとに取り上げますので、前期・後期を通して見ていただくと、 より流れがわかりやすいと思います」

ご自身の担当外では、東京国立博物館の「普賢菩薩像」(№16)と、大倉集古館の「普賢菩薩騎象像」(No.15)が 並ぶ第1章の展示が楽しみという小松さん。「こんなことは滅多にないので、ぜひ皆さんに見てほしいですね」と、笑顔を見せてくださいました。

プロフィール 小松 大秀さん 『國華』編輯委員
東京国立博物館工芸課漆工室長、九州国立博物館学芸部長、東京国立博物館副館長などを経て、 現在秋田市立千秋美術館と公益財団法人永青文庫の館長を兼任。主な研究分野は日本の漆芸。