創刊記念『國華』130周年・朝日新聞140周年特別展|『名作誕生-つながる日本美術』

第1章 祈りをつなぐ

瀬谷さん

第1章 祈りをつなぐ

インタビュー

国宝に新たな光。
「つながり」で読み解く人と美術

誰もが知る長谷川等伯の「松林図屛風」に、岩佐又兵衛が活写した「洛中洛外図屛風(舟木本)」、どこか謎めいた「彦根屛風」。
語り尽くされたかのような国宝たちも、「つながり」を
キーワードに探れば新たな展望が見えてきます。
東京国立博物館の田沢裕賀さんが、日本近世絵画を縦横に語ってくれました。
(聞き手・構成:田邉愛理)

松林図屛風につながる山水画の系譜

国宝 長谷川等伯 筆 松林図屛風 安土桃山時代・16世紀 東京国立博物館蔵 【展示期間:4月13日~5月6日】

展覧会の最終章では、絵画・工芸を大きく4つのテーマに分類し、さまざまなモチーフやイメージをクローズアップ。 田沢さんはテーマ9「山水をつなぐ」、テーマ11「人物をつなぐ」を担当。山水では長谷川等伯(1539-1610)の国宝「松林図屛風屛風」(№90)を ゴールと位置づけ、名作誕生を語る新たな視点を見出しました。

田沢さん「日本水墨画の到達点とも評される松林図屛風は、同時代の桃山絵画のなかでも特殊なもの。柔らかな表現は、中国の画家・牧谿の影響といわれます。 これはもう定説なので、今回は別の視点から考えてみることに。『山水をつなぐ』というテーマに合わせて、等伯につながる松林図のイメージをたどってみました」

「三保松原図」(№88)は、富士見の名所とされる三保松原を描いたもの。しっとりした大気と光を感じさせる松林は、 等伯の「松林図屛風」の世界を予感させます。

重要文化財 伝能阿弥筆 三保松原図 室町時代・15~16世紀 兵庫・頴川美術館蔵【展示期間:4月13日~5月8日】

田沢さん「この絵の作者と伝えられる能阿弥は、足利義政に仕え、中国絵画の鑑定や管理をしていた人。もちろん牧谿の絵画も良く知っているし、 中国絵画の技法や、表現として何が大事なのかを良く知っていた。おそらく等伯も、彼に近い道筋で中国絵画を学び、 51歳のときに描いた『山水松林架橋図襖』(№89)のような表現を経て、松林図屛風に行きついたと考えることができます」

「風に揺れる松林」は真実なのか

日本の原風景のようにも思える「松林図屛風」ですが、実際に日本を描いたものかはわかりません。確かなのは、 「この景色、どこかで見た」と日本人に思わせる力が、「松林図屛風」にはあるということ。それはもやに煙るような空気感や、 光の調子からきていると田沢さんはいいます。

田沢さん「最近は、これは北陸で実際に等伯が見た景色だとしたり、激しい風に揺れる松林に彼の人生を重ねて見たりする、 そんな見方が主流になってきていますね。でも僕には、この絵はすごく静かな“音のない世界”に思えます」

「見る者を深い世界に誘う『しつかな絵』がふさわしい」 「見る者を深い世界に誘う『しつかな絵』がふさわしい」

等伯の言葉を日通上人がまとめた『等伯画説』には、「しつかな絵」と「いそかわしき絵」という対概念が出てきます。 瀟湘八景の画題でいえば、市のにぎわいを描いた「山市晴嵐」なら、活気が伝わる「いそかわしき絵」。しとしと降る雨を描く「瀟湘夜雨」なら、 見る者を深い世界に誘う「しつかな絵」がふさわしい――等伯はそういうふうに絵をタイプに分けて考え、 描き分けようとしていたはずだと田沢さんは指摘します。

田沢さん「それでいくと、松林図屛風はどちらに入るのか。確かに激しい筆致もあり、近寄って見ると力強さを感じますが、 離れて見ればまた違った印象がある。僕は、風もないと思うんだけど……もやは風があったら動いて消えてしまいますからね。 松林にかかる朝もやがだんだん消えていく、そんな『しつかな絵』だと強く感じます」

さまざまなイメージを呼び覚ます「松林図屛風」。あなたの脳裏に浮かぶのはどちらの光景か、ぜひ会場で確かめてみてください。

物語絵から一人立ち美人図へ

[絵]住吉如慶筆[詞]愛宕通福筆 伊勢物語絵巻 巻第二 江戸時代・17世紀
東京国立博物館蔵 【展示期間:5月8日~27日】

「人物をつなぐ」のコーナーでは、2つの視点から女性を分析。「縁先の美人」では、『伊勢物語』の一場面を描いたイメージから女性像が独立し、 「美人図」になるまでを明らかにしていきます。

田沢さん「『伊勢物語絵巻 巻第二』(№115)は、浮気していた男が留守中の妻の振るまいをのぞき見て、その健気さに改心する場面を描いたもの。 夫の身を案じて縁先に座り、『風吹けば沖つ白波たつた山 夜半にや君がひとり越ゆらむ』と妻が詠むところを、男が庭の秋草の陰から見ています。

見立河内越図 江戸時代・17世紀(撮影:小平忠生)
【展示期間:5月8日~27日】

この話は、大変人気があったのか、歌舞伎にも取り上げられるようになりました。『見立河内越図』(№116)は、今回が展覧会初出品ですが、 おそらく舞台の影響を受けて描かれた作品。右端の女性が紫の帽子をかぶっているのですが、これは男の役者が女性役をするときにつけるものなんです」

妻役の人物は絵巻のように座るのではなく、柱にもたれすらりとした立ち姿。この女性とそっくりな絵が、 「縁先美人図」(№117)として今に伝わっています。

縁先美人図
江戸時代・17世紀 東京国立博物館蔵
【展示期間:5月8日~27日】

田沢さん「一人立ち美人図の先駆けとされる作品です。縁先の感じから柱にもたれる女性のポーズまで、『見立河内越図』とそっくり。 着ている衣装には、『伊勢物語』を暗示する白波や風車などのモチーフがあります。妙に小さな絵ですから、元は左側に彼女を見る男性がいて、 切り取られたとみても不自然ではありません」

絵の中の男性を切り取ることで、女性を見るのは絵を見る私たちになる。女性の美しさに集中することで、物語絵から人そのものを見る 「美人図」が誕生したと、田沢さんは推測します。

田沢「1600年代後半にはこの『縁先美人図』と同じような一人立ち美人図が流行しましたが、よく見ると着物の柄もポーズも類似しているのです。 物語絵が舞台での演目となり、皆が見る舞台の人気のポーズとなる。さらにそのポーズが切り取られ、女性の姿自体が描かれる対象となって、 後の浮世絵へとつながっていく。この作品から、そうした色々なつながりを考えてみていただければと思います」

視線のやりとりが生むドラマ

田沢さんが注目した2つめのテーマは、人物をつなぐ「視線」。国宝「洛中洛外図屛風(舟木本)」(№118)がふしぎな活気に満ちているのは、 従来の洛中洛外図よりも人物を大きく描き、彼らが何を見、何を感じているのかを、 人々が送り合う視線で表現しているからだと田沢さんは語ります。

田沢さん「人間関係のドラマが散りばめられているから、すごく生き生きとして面白く感じる。パーツがみんな魅力的なので、人々が風俗画、 とくに男女関係を描いた絵に興味を持つようになった時代には、舟木本から人物のグループを抜き出して絵が作られました」

「人々が送り合う視線で表現している」 「人々が送り合う視線で表現している」

そのひとつである「湯女図」(№120)では、往来を闊歩する女性たちが、画面の右側に強い視線を注いでいます。同じようなグループを抜き出した 「士庶花下遊楽図屛風」(№119)には男性陣の姿があるのに、こちらは女性だけ。 これもまた、男性だけが切り取られたのかもしれない、と田沢さん。

田沢さん「左手の女性たちの表情を見ると、切り取られた相手にいい感情を持っているとは思えない。 佐藤康宏さんは『敵対関係にある女性たちだ』と仰っているし、真実はまだわかりませんが、 視線から本当はもっと大きなドラマを持つ絵だということが伝わってきますよね」

浮世絵誕生の背後に「視線」あり

国宝 風俗図屛風(彦根屛風) 江戸時代・17 世紀 滋賀・彦根城博物館蔵
【展示期間:5月15日~ 5月27日】

国宝「風俗図屛風(彦根屛風)」(№121)や「男女遊楽図屛風」(№122)では、絵を見る私たちの視線もまた、 絵のなかの魅力的な男女に注がれていることに気づかされます。

菱川師宣筆 見返り美人図
江戸時代・17世紀
東京国立博物館蔵 【通期展示】

田沢さん「ぱっと目を引くのは、やはり振り返るポーズの女性ですね。このポーズを抜き出していけば、『見返り美人図』(№124)になるでしょう。 いかにもこの人は美しく、色っぽい。そういう特別な雰囲気を、きっと当時から皆が感じていたはずです。 人気の理由はおそらく、後ろを振り返った姿、その視線の先にあるものを想像させるからだと思います」

鑑賞者が人物画に注ぐ視線は、人(絵)と人(自分)を結び付けるもの。人を美の型として捉える視線が、 風俗画から美人だけを抜き出し、浮世絵を誕生させたとする田沢さんの推理に、深く納得させられました。

プロフィール 田沢 裕賀さん 東京国立博物館 学芸研究部長
専門分野は日本近世絵画史。